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特集記事アーカイヴ Issue 2000.11-12

"Stay Together, Learn the Flowers, Go Light"
WAKO SATO meets GARY SNYDER

Text: 佐藤わこ

「ポエトリー・カレンダー」から、特集の記事を依頼されたのは九月のまだ蒸し暑い頃だった。今回の特集は十月七日に湯島聖堂で行われるゲーリー・スナイダーのインタビュー記事だと言う。ゲーリー・スナイダーと言えば、あのジャック・ケルアックの仏教の師匠であり、ビートの精神的中心人物だった。現在では米国を代表するエコロジストで、詩人としてピュリッツアー賞を受けている。私が彼について知っているのは、ケルアックの「禅ヒッピー(原題:ダルマ・バム)」に描かれたジァフィー・ライダー(ゲーリー・スナイダー)の姿と、ビートの資料全体から浮き出した彼の輪郭だけだった。私は彼については何も知らないに等しく、野性からもほど遠い存在なのだ。

その日を境に暇さえあればゲーリー・スナイダーの詩集と『野性の実践』を読み耽った。読み進めるうちに、私はすぐに自分の食わず嫌いを心底悔いた。彼の文章の中に、完結して丸みを帯びた静寂の輪が見えた。彼は書物の中にエゴとしては存在していなかった。空気の中に溶け込んで見えない精霊のように読者の傍にいるのだ。何章かでは涙が溢れた。「バイオリージョナリズム」という考え方にも深く共感できた。いったいどうして私のようなジャンクフードジャンキーがこの本にこんなにも感銘を受けるのか。彼の文章や詩からは懐かしい道を幾度も帰るような錯覚を起こさせるマジックがある。

私が奈良市内に住んでいた五歳の時、現在は閑静な住宅地となっているその町には自然が多く残っていた。誰も入り込めないような沼もあった。いつものように私は妹の手を引き母と三人で近所の小高い裏山に散歩に出掛け、一人頂上で立ち止まった。その時起きたあの感覚。私の前に全てがあった。同じような体験をした者でないと分らないかもしれないが、幾度も生まれこのような野道を歩いた記憶を思い出し、私の中の何かが、「私は再度この道を歩む」と子供の私に語りかけ確信させた。かつて体験したこともない明晰な意識で空を見上げ、少し悲しみも感じながら、空のずっと奥にまだ宇宙の存在さえ知らない私は問いかけた。そして目の前に時間が広がり、前後に伸びているはずの時が、実はひとつに結ばれているように感じられた。何分くらいそこにいたのかわからない。その場所で同じことは二度と起こらなかったが、その後似たような感覚を幾度か体験した。

ゲーリー・スナイダーも『野性の実践』の「道を離れて道を行く」という章におそらく同じ体験と思われることを書いている。「跡をたどれる道がある。また、跡をたどれないものもあるが、それは道ではなく、ウィルダネスだ。そこを行くことはできても、行く人はいない。目的地もなく、ただ空間全体があるのみだ。」彼の詩も思想も、あらゆる種類、あらゆる種族の人々に向けて書かれていることがわかる。彼の語りかけは、カウンターカルチャーやエコロジーに興味のない人でも、有機野菜や玄米を食べていなくても、どんな宗教を信じていようとも、山や海や自然に全く興味がなくても、どんなに拒もうと、人間という存在としてこの地球に生きている以上、その心を掴み揺さぶる。私は子供の頃に戻り、もう一度自己を振り返る機会を彼の書物によって得た。いい詩を書くにはなにも山や自然の中に行けと言うのではない。自己の奥底を見た時、全てがひとつだと知った時、どんなものもキャッチできるアンテナを携えて皆のもとに帰って来ることができる。そのアンテナを使い、いろいろな声を聞き、時には鳥になり俯瞰で自分や街を見つめ、樹木からのメッセージを受け取る。詩人は自己でありながら全てのソースに溶け込み、そこから言葉を編むことができる。そこには限られた時間も空間もない。詩人は時には預言者にもなる。詩人の言葉はその時代を映し話しかけている。私達は「野性」へ踏み込む準備をしなければならない。ゲーリー・スナイダーは詩人達にもそのことを知らせている。その方法があるのだから捜しに行こう、と呼びかけているのだ。『野性の実践』はどんな人が読んでも必ず心に残る一冊だ。特に詩人を目指す者にはバイブルの一つとなるだろう。

混迷の日本は二十一世紀を迎える。未だ自殺者は年間三万人に達するという。ある意味、目に見えない内戦が勃発した状態なのだ。ゲーリー・スナイダーの著書の中には日本の未来への糸口も潜んでいる。古代日本の精霊の仮面 をつけた姿でそれは顕れる。

今回ゲーリー・スナイダーは、十月十三日に大本山永平寺の招きにより駒沢大学記念講堂で「禅とエコロジー」について対談し、ポエトリー・リーディングも行う予定で来日した。また、七日に御茶ノ水の湯島聖堂でリーディングとサイン会をする予定だった。

ポエトリー・カレンダー編集部はその一週間前に、取材が不可能であることを知る。今回は本人の事情により全てのプレスの申し込みを断っていると言う。私達はある高名な音楽家さえ断りを入れられたという噂を聞いて十歩も引く。しかし、私は内心ほっとしていた。『野性の実践』に触れただけでも今回は収穫だったと思えた。しかしスタッフは粘り強い。長い沈黙の後、とりあえず行ってから考えようという結論が出る。それはゲリラインタビューという非常手段であることを意味していた。そんなことが許されるものではない。しかし、カレンダーを抜きにしても質問は山ほどある。

十月七日当日、聖堂の外側には『野性の実践』、他ゲーリー・スナイダーの主要な著書を出版している「山と渓谷社」や自然食レストラン、アクセサリーや雑貨、仏教や精神世界の書籍の店舗などがすでに準備を整えている。詩人のサカキナナオ氏が軽やかな足取りでそれを覗いては顔見知りの人々と挨拶をしている。サイン会は三時から、無造作に置かれた簡易テーブルにゲーリー本人が着席したと同時に行われるようだ。

両脇の店舗の人々に見守られながら、彼はふいに脇の門から入って来た。大股の独特な歩き方は、平らな道なのにまるで登山をしているような印象を与える。裸足で、脛までしかないカーキ色のズボン姿。と、彼は突然、石畳の凸 凹に躓づく。誰もがひやりとした瞬間。果たして彼は転ぶことはなく同じリズムでテーブルに向かい歩いて来る。一同安堵する間もなく、スタッフが大声で、サイン待ちの人々に列に並ぶように呼びかける。私と通 訳の山下さんも並ぶ。ゲーリーは機嫌が悪いのでは、と感じる。ナナオ氏も旧友の様子を気遣っているのか離れた場所から見守っている。

山下さんの番が来た。彼女がポエトリー・カレンダーの説明をした瞬間、ゲーリーはすぐに反応し、カルフォルニアにも同じような発行物があるから教えてあげようと申し出てくれる。山下さんは私を紹介し、今日のリーディングの記事を書くことを告げ、日本の若い詩人達にメッセージをくれないかとお願いすると、これも快く答えてくれる。私達は舞い上がった。ゲーリー・スナイダーが優しい人柄で、詩や詩人に対して強い情熱を持っていることを知った途端、もしかしたらインタビューも大丈夫なんじゃないかと思うようになったのだ。一瞬のすきを狙い、準備していた質問のうちの一つを彼に聞き、答えを得ることができた。多少の罪悪感に苛まれながらも、私達はそれを上回る満足感に包まれてサイン会場を後にするゲーリー・スナイダーの後ろ姿を見送る。その直後、ディレクターの方からかなり厳しいお叱りを受け、私達は謝り続けるしかなかった。「しかし、気持ちは分るよ。」と彼は最後に言って複雑な優しい笑みを浮かべた。

その貴重なレポートを今回ご紹介できるのは、湯島聖堂で早朝から夜中まで働いていらしたスタッフの方々の恩恵としか言いようがない。ここでもう一度、心からのお詫びと感謝を述べたい。

その日のポエトリー・リーディングは大盛況だった。自然に生きる人々、詩や文学を愛する人々。外国人の姿も多い。およそ千人は集まっただろうか。十七時四十五分開演。天空オーケストラの岡野弘幹氏と山口智氏の音楽、北カリフォルニアの自然からしばらくぶりに帰国したと言う歌姫の吉本有里さんの美しい声が、場を別 の空間に、徐々に誰も気づかないうちに移動させてしまう。現代の照明器具の代わりに、大きな火が燃やされている。月も出ていたし、樹々がざわめいていた。事実(見た人は何人くらいいるかな)流れ星が会場の真上をすり抜けた。開演前にゲーリー本人からの挨拶として、『野性の実践』の翻訳者の一人である原成吉氏の通 訳により、「朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや。」という論語からの抜粋にその夜の彼の心を託し、再び集うことの喜びを話した。その旧友の一人であり屋久島の詩人、山尾三省氏が登場し朗読の後、彼が湯島聖堂のすぐ傍の生まれであること、彼の子供の頃から川は汚れ始めていたこと、川を美しく戻していけるなら未来はきっと明るいに違いなく、ひとりひとりの思いがそのように文明を導くことができるという話をした。ゲーリーに会いにトカラ列島諏訪之瀬島から来た詩人の長沢哲夫氏は、「急に読むことになったんだよ。」とゲーリーの持ち時間を気遣い、早々に切り上げてしまった。彼が来たことによって三十三年ぶりの四人でのライブだと言う。彼らが新宿安田生命ホールで揃って朗読した三十三年前、私はこの世に再び生まれて来たのだ。気の遠くなるような廻り合わせだ。

夜気が湿り気を帯び冷え込んでくる。何人かで毛布にくるまっている男の子達は聖堂の石畳に夜空を仰ぎ、長老達の声にうつらうつらしている。赤いベストのナナオサカキ氏が登場すると場内が急にざわつく。まるで孔子がお堂から飛び出して来たかのようだ。「お待たせしました。行きましょう。」と観衆に威勢の良い声をかける。彼は何かを感じたのか、聖堂の塀の上あたり、暗闇の樹木のざわめきに向かっても朗詠する。

場はいよいよクライマックスに入り、ゲーリー・スナイダーの登場だ。聖堂を埋め尽くした人々から大歓声が上がる。サイン会の時は少し疲れた様子だったが、ステージでは気が漲っている。八月十一日には地元のシエラネバダで野外のリーディングを六時間に渡ってこなしたのだという。彼の詩集『終わりなき山河』(思潮社から来春刊行予定)から読み続けたのだそうだ。超人はその強靭な身体からは信じられないくらい優しい声で、時々日本語も交えながらリーディングする。詩集『亀の島』からだ。ボブ内田氏のギターでゲーリーが歌う。ぶっつけ本番だと言うわりには息が合っている。私はゲーリーのスキャットに聴きいった。途中、ヘリコプターが聖堂上空を飛び、文明の騒音を日本語でぼやいて笑いを誘っていた。

最後に四人の偉大な詩人達がステージに並んだ。その姿を見ながら、ゆっくりと堂々と生き続ける詩人になりたいと私は思っていた。聖堂からの帰り道、私はゲーリー・スナイダーの声の優しさを思い出していた。インタビューをした時、彼は私の緊張した細い声と日本語を聞き取ろうとして、私の口元にぴったりと耳をつけていた。彼と私と山下さんは道端にしゃがんで額を押しつけあって笑っている子供みたいだった。その時、真近で聞いた彼の声は深く柔らかく優しかった。

ゲーリー「できるだけ日本語で話しましょう。」

佐藤「ありがとうございます。『野性の実践』は自己探求のためのヒントを数多く与えてくれています。あなたは「野性」を仏教で言うところの「法(ダルマ)」と考え、人々が自己を究明することこそ「生物全体」が同時に会することができるエコロジーを実現出来ると言っています。また、言葉や詩も「野性システム」であるとも言っています。あなたが考える「詩」と、あなたが示す新しい世界の実現における詩の役割についてお聞かせください。」
ゲーリー「複雑な質問ですね。全部分らなかった。」
(ここで山下さんの通訳が入る。)

ゲーリー「英語で話した方が良さそうですね。確かに『野性の実践』には数多くのヒントや習うべき実践が記されています。自己の探求もそのひとつです。しかし、同時に私は真の自己は皆で一緒に、他者と一緒に探さなければいけないとも示唆しています。私達の心の詩は人間にある野性から湧き出てくるものです。そして私達は自分自身の野性に近づく時、自然界の野性をよりよく理解できるのです。詩は、自然界の声なのです。木々や山々は詩人を通 して語りかけてきます。ちょうど古代のシャーマンが向こう側の世界から語りかけてくるように。」(感激の沈黙)

佐藤「どうもありがとうございました。」

ゲーリー「ありがとう。」

最後に、ゲーリーから日本の若き詩人達へのメッセージ。「stay together/ learnthe flowers /go light」(いつも一緒に、花を学んで、身軽に行こう。)『亀の島』の中から「子供たちのために」という詩の一節だ。 私達は、詩人ゲーリー・スナイダーを、輪郭を排除した本質の部分で捉えることを願った。それは彼の伝説や全ての活動を脇に置き、詩人という部分に絞った追求だったが、結果 的には彼の全体へと戻って行く旅となった。そして旅は始まったばかりだ。私はまた彼に会えると感じている。質問はまだたっぷり残っていることだし、近いうちに、きっと。


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